私って昔から、
「何でもいいよ。」
この一言で、いろんなことを片付けてきた。
その場は丸く収まるし、
ケンカにもならない。
私にとっては、都合のいい言葉だった。
でもね。
別に人に合わせるのが得意だったわけじゃない。
ただ、面倒くさかっただけ。
気づけば、それが普通になってた。
仕事でも。
プライベートでも。
その場では、それが一番ラクだったから。
ところがよ。
数ヶ月後の私が、
めちゃくちゃ文句言ってくんのよ。
「あぁー、もうイヤ。」
「なんで私ばっか?」
……いや、お前が”いいよ”って言ったんじゃん。
誰かに無理やり決められたわけでもない。
「それでいい。」
そう言ったのは、紛れもなく私。
空気を読みすぎて、
自分の気持ちなんて置き去りにしたまま、
口から出た言葉。
なのに時間が経つと、
見て見ぬふりしてた本音が顔を出して、
モヤモヤし始めんの。
で、お得意の一人反省会が始まる。
我慢してる自覚がないのが厄介
でもね。
一番厄介なのは、その時は我慢してるつもりなんてないってこと。
「これくらい別にいいか。」
「私が折れた方が早いし。」
「わざわざ言うほどのことでもない。」
そうやって、本音を飲み込むのが癖になってた。
そのくせ時間が経つと、
「あれ、なんか納得できない…」ってなるの。
そこで初めて、
「あぁ、私また我慢してたんだ。」って気付くのよ。
ほんと、面倒くさい性格。
「それでいい」と「それがいい」は違う
たぶん私は、
「それでいい。」
と
「それがいい。」
をごちゃ混ぜにして生きてきた。
「それでいい」は、
妥協でも言える。
遠慮でも言える。
時には、諦めだったりもする。
でも、
「それがいい。」
は、自分で選んだ時しか言えないのよ。
たぶん、私は自分で選んでるつもりでいたの。
でも実際は、
面倒くさいから。
空気を壊したくないから。
嫌われたくないから。
そんな理由で、人に合わせてただけ。
でも、それって結局、他人軸じゃん。
相手の気持ちは散々考えるくせに、
自分の気持ちだけ、毎回置いてけぼりにしちゃってんの。
その場は平和。
でも、心の中は全然平和じゃない。
「なんか私ばっかり損してない?」
って思い始める。
……でも、本当は違う。
損してたんじゃない。
自分で自分を後回しにしてきただけ。
そのツケが、
あとから回ってきてただけなんよ。
40代になって思う。
他人を優先することは悪いことじゃない。
でも、自分を最後尾に並ばせ続けるのも違う。
我慢ばっかりしてたら、いつか限界が来る。
せめて、自分の人生くらいは、
自分が主役でいたいじゃん。

